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始まりは、ドラゴンの夏 |
僕が初めてドラゴンを見たのは今から7年前の夏。 西暦2002年。 空一面を埋め尽くすドラゴンの大群がオーストラリアを急襲、メルボルン一帯が数日で灰になったあの年だ。 当時、僕はまだ高校生になったばかりの子供だった。 大人たちは恐るべき脅威を子供たちの目から隠そうと必死になっていたけど、僕らはネットに流れる動画で、とっくに人類の天敵とご対面を果たしていた。 そこにはテレビやゲームの中でしかお目にかかったことのなかった伝説上の怪物たちがいた。 燃え落ちる都市の上空をドラゴンが縦横無尽に飛び回り、炎を吐き散らし、ビルを踏み砕く――全世界が絶望した光景に、何故か僕はワクワクした。 モニターの向こう側で荒れ狂い、町を焼き焦がす色とりどりの炎は、僕には祭りの始まりを知らせる花火のように綺麗に思えたのだ。 僕の本能が、野蛮だけど刺激的で活気に満ちあふれた『Dragonic hour』の到来を感じ取っていたのかもしれない。 ドラゴンと人類の戦いが激しさを増すにつれ、世界の経済はおかしくなり、僕らの生活にも暗い影を落とし始めた。 遠くの国では軍隊がドラゴンの侵攻と戦っていたけれど、ミサイルも戦車も戦闘機も、伝説上の怪物には歯が立たなくて、ずっと負け続きだった。 ――絶望していた人類の上に、希望の光が射したのは5年前。 アリゾナの片田舎にある農場を襲った火竜が撃退されたというニュースが、世界中を駆け巡った。 英雄を一目見ようと押しかけた連中は、あごが外れるほど驚いたという。 体長四〇メートルの怪物をやっつけたのは、82歳になる小柄な婆ちゃんで、得物は先祖伝来のウィンチェスターM1873――西部劇でしかお目にかかれない、骨董品のライフルだったからだ。 そのニュースを初めて聞いたとき、僕はたちの悪い冗談だと思った。 どうせなら、もっとリアリティのある嘘を吐けよと、内心で罵りさえした。 これを皮切りに、世界中で石斧や槍、刀を手にした人々がドラゴンと戦い、局地的な勝利を収めた事例が、続々と報告され始めたけれど、どれもこれも、ただの作り話だと決め付けて、右から左へ聞き流していた。 当時の僕は“ベオウルフ”のことも“トリガー”のことも知らなかったし、ましてや、自分の先祖に竜退治の英雄がいるなんて話、寝耳に水だった。 ――かくて僕は『時代遅れの武器を手にドラゴンと戦う変人たち』を馬鹿にした次の日にはベオウルフとして日本刀を携えて、ドラゴンを相手に大立ち回りをやらかす羽目に陥ったのだ。 |
Dragonic Hour!! |
「――オレ、例の“恐怖の大王”ってのが、ドラゴンだと思うんだよな」 いかにも重大な秘密を打ち明けるように先輩は告げた。 僕はジープに乗り込みながら、ややうんざりした声でツッコミを返す。 「先輩の『ドラゴン=異星人』説は、そろそろ耳にタコな感じですよ」 「あ。おまえなあ、先輩に向かってそういうつれない態度を……」 「ただ“ユニオン”に入ったのが僕よりちょっぴり早かったって言うだけで、先輩風を吹かされたくありませんねっ!?」 僕の剣幕に思わず怯んで黙り込んだ先輩を見て、僕はちょっと溜飲を下げ、急いでジープの点検に取り掛かる。 各地でドラゴンが倒されて、それに“ベオウルフ”が絡んでいると気づいた国連は、僕たちの能力の研究と解明に全力を注ぎ始めた。 専門家によれば、ドラゴンと人類の戦いの痕跡は石器時代からあるらしい。 その中でも特に強い力を持った連中の記憶に手痛い敗北を刻み付けた過去の英雄たちがいる。 その英雄を自らの“ルーツ”に持つ僕らが、先祖と同じ武器を手に戦うとき、時代遅れの武器はドラゴンに過去の敗北を思い出させる“トリガー”となり、僕たちは竜殺しの英雄ベオウルフになる……らしいけど、ぴんと来ない。 やがて僕らは効率よくドラゴンを狩るために徒党を組むようになった。 中でも、思想や目的、戦略を同じくする者が集まり、企業から支援を受けて装備を充実させ、力をつけて大きくなっていった組織が“ユニオン”だ。 現在、すべてのベオウルフはユニオンへの所属を義務付けられて、世界英雄協会【WBA】の管理下に置かれている。 単身でドラゴンと戦い、無駄死にするのを防ぐためと偉い人は言うけれど、目の届かない場所で好き勝手されるのが嫌なだけかもしれない。 「……大体、例の予言は『1999年7の月』のはずじゃありませんか。ドラゴンがオーストラリアに現れたのは2002年、三年も遅刻ですよ?」 僕のツッコミに、先輩はにんまりと嬉しそうに笑った。 「だから1999年7月、南極で観測基地が破壊される事件が起きてんだよ。当時は過激派のテロだって報道されたが、あれが実はドラゴンの襲撃なら……」 笑い飛ばしかけ、ふと意外と鋭いところを突いてるんじゃないかと思った。 南極にドラゴンの巣があるというのは有力な説だ。南半球はドラゴンの勢力が強く、オーストラリアや南極大陸には近づくことすらできない。 いずれ戦況が有利に傾けば、オーストラリアや南極の奪還も、視野に入ってくるんだろうけど……。 物思いを打ち破ったのは、ジープに搭載された無線機から聞こえる警報と、大気を揺るがす咆哮だった。 見上げた空にはぐんぐん近づいてくるドラゴンの影、それも一頭や二頭じゃ利かない、ざっと数えても十数頭はいそうな気がする。 生まれて初めてドラゴンを見た日の、あのワクワク感が鮮やかに甦った。 「でかいな……先輩、これは仕留められたらボーナス期待できそうですよ」 「あのデカイの、ステーキ何食分だろうな」 「……先輩は食べられませんよ? 企業に売りつけるんですからね」 2009年現在、世界は未だに『Dragonic Hour』の真っ只中にある。 ドラゴンが出現した理由も、人類を攻撃する理由も、未だに不明のままだ。 まだ戦いの終わりは見えないけれど、こんな世界であっても人類はしぶとく陽気に生きている。 真実の追究にも、前線での勝利にも、もっと仲間が必要だろう。 先輩のブーイングはガン無視して、僕は思いっきりアクセルを踏み込んだ。 |
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